最終更新日:2007年1月28日
『食育菜園』

 『食育菜園』
  センター・フォー・エコリテラシー著
  ペブル・スタジオ訳
  (社)家の光協会刊 2006.6発行
  価格:¥1,900+税 四六判/195p
  ISBN:9784259546878

気になる本
HonyaClub.com
2006.6.16 / No.274
■土から食まで、持続可能な生き方を学ぶ米国での実践

 食糧自給率は公称40%。毎日食べるものの多くを諸外国に依存し、その一方で多くの食べ物を無駄に廃棄している。このような昨今の日本のキーワードの一つに「食育」がある。教育現場での食育の実際の多くを知る立場にはないが、まだまだ理念的なレベルに留まっているように思う。小学校、中学校を通して、どれだけ土に触れる教育がなされているのか疑問である。校庭が“舗装”されたような都会の学校ではなおさらだろう。米はイネの実であり、エダマメは大豆の若取りであり、切身の魚は泳がない。土に触れ、ミミズに触り、種を播き、収穫し、調理して食べるという一連の行為の中から、食と食品への認識が生まれてくるだろう。

 ファーストフードの国である米国は、一方では有機農業も盛んであり、需要も急増している“不思議な”国でもある。「食育」でも先駆的な取り組み、実践が行われてもいる。日本の「食育」のに多くのヒント、示唆を与える、米国での実践の記録がこの6月始めに、『食育菜園 エディブル・スクール・ガーデン』(家の光協会)として出版された。この本は、米国バークレー市のキング中学校の校庭菜園に関わった環境NPOであるセンター・フォー・エコリテラシーにより出版された“The Edible Schoolyard”(1999年)の翻訳である。

 米国カリフォルニア州バークレー市公立中学校、マーティン・ルーサー・キングJr中学校の校庭には、広さ5反(約5千平方メートル)の畑が作られている。その畑では、生徒たちによって年に100種類近い野菜が栽培され、種採りも行われている。生徒は、3学年の間に36週の授業を通して、この“菜園”を舞台に、土つくりからはじまり、栽培、収穫、調理までを体験している。最後には生ゴミを堆肥に返し、リサイクルを身をもって経験する。この一貫した体験を通して、持続可能な生き方を学んでいる。キング中学の授業は、90分単位で行われている。

 この中学校には11歳から15歳までの6学年から8学年の約千人の生徒が学んでいる。1990年ごろには、荒れた学校であったというが、新たに着任したニール・スミス校長のイニシアチブと、この中学校の近くのオーナー・シェフのアリス・ウォーターズさんの出会いから、1995年、このエディブル・スクール・ガーデン=「食べられる校庭」構想が実を結ぶ。最初から、学校をあげて取り組んだわけではなく、一部の教師が関わることで始まる。しかし、徹底した話し合いがなされた。アスファルトの校庭は、保護者や地域のボランティアによって取り払われ、大量の堆肥を入れて畑へと転換される。生徒も初めから好んでいたわけではないものの、最近の人気投票では第2位に入るほど受け入れられている。この取り組みには当初から地域のボランティアやNPOが関わり、選任のスタッフが置かれている。校長は、図書室に司書が必要なように、スクールガーデンにも専門のスタッフが必要である、という。

 この本では、スミス校長へのインタビュー、教師との対話、外部から関わった人たちの話、カリキュラムの実際などからなり、数多くの写真が添えられている。その多くがカラー写真でないのが惜しいが、生徒たちの笑顔がいい。

 キング中学校では2007年、多くの寄付により千人の生徒が利用できるカフェテリアが完成する。そこで使われる野菜や他の食材は、地域の有機農場で栽培されたもので、サスティナブル(持続可能)であることが条件となっている。つまり、地域の持続可能な農業を支援し、地域コミュニティへ「お金を還元する」という試みでもある。日本的には、自校方式の給食と地産地消、有機農業を結びつけることで可能となる。愛媛県今治市では、こうした給食が行われているようだ。

 バークレー市では2003年6月、スクール・ランチを正規の教育科目として採用するように決定した。このスクール・ランチ・イニシアチブ(SLI)には、バークレー市内の幼稚園から大学まで1万人が参加し、「持続可能性の価値観と栄養、食卓に着く喜びを学ぶ」ことになった、という。

 多くの学校関係者に読んで欲しい本である。今の日本の教育事情や、それを取り巻く政治状況からしてキング中学とまったく同じことが可能とは思わない。しかし、外部ボランティアやNPOとの協働作業、専任スタッフの配置などのアプローチの方法論には、汲み取ルべきものが多くあるように思う。逆に、まったく同じである必要もない。日本的な、というより、地域地域の事情に応じた展開を期待したい。「三つ子の魂、百までも」と昔の人は、いいことを言っている。

 制作・翻訳のぺブル・スタジオの堀口さんは、この本の舞台となったキング中学校へも取材にでかけ、雑誌に執筆されている。次の2つのルポを合わせて読みたい。

 ・「食を習う校庭」,『地上』(2005)
 ・「子どもたちのキッチンガーデン」,『やさい畑』(2005)

 カリフォルニアの野菜事情、ファーマーズ・マーケットに取材した次のルポもぜひ。

 ・「北カリフォルニア菜食流儀」,『やさい畑』(2005)