最終更新日:2012年9月2日
『よみがえりのレシピ』

 『よみがえりのレシピ』
  2011年/日本/95分
  監督 渡辺智史
  製作・配給 映画「よみがえりのレシピ」
        製作委員会


  ※2012年10月からユーロスペースで公開

気になる本とビデオ
2012.9.2 / No.541
■ 地域で食べて継ぐ在来野菜

 2007年ごろから『いのちの食べ方』や『キング・コーン』などの「食」をテーマとする“告発型”の作品が公開され、ブームとなった。山形県出身の渡辺智史監督は、こうした作品に違和感を覚えたという。そんなとき出会い感動したのが、故郷の在来野菜に光をあてた『どこかの畑の片すみで』だった。すぐに、引っ越したばかりのアパートを解約し山形に戻る。そして、多くの“市民プロデューサー”などの支援を受けて、山形県に残る多くの在来野菜とそのタネと、それを次の世代につなぐ人たちに光を当てたドキュメンタリー『よみがえりのレシピ』を制作した。

 60年代以降の経済成長と流通システムの、構造的な“変革”に伴い、多くの在来の野菜が消えて行った。山形県では、2000年ごろから山形在来作物研究会などが、消え去りつつあった在来作物のリストアップと、復活への活動を展開してきた。その中から、この『よみがえりのレシピ』のきっかけとなる『どこかの畑の片すみで』と『おしゃべりな畑』の2冊が上梓された。「在来作物は生きている文化財、地域の知的財産」である在来野菜を満載した本だ。

 自家消費用に作ってきて、もうやめようかという時に、漬物屋さんから声がかかって、かろうじて残った外内島キュウリ。このキュウリに象徴されるように、現代の流通と消費者の舌とは、少しずれてしまった在来種。しかし、その地域で、あるいは家族の中で、風土に合って何百年と受け継がれてきた在来野菜は、そのタネ自体が、その食べ方=食文化が“生きた文化財”であるともいえる。

 消えつつある遺伝資源でもある“在来野菜=在来種を生かし、守る”、といっても、博物館に収めるのではなく、生活の中で生かしつつ、将来へ引き継いでいく。小学生は、外内島キュウリを作り、タネ採りまでを学習する。Uターンした若者は、甚五右ヱ門芋(サトイモ)栽培を祖父から教えを受ける。細々とおばあさんが作り続けていた藤沢カブは、山仕事とともに若者に伝えられる。

 地域で在来野菜を掘り起こし、引き継いでいこうという農民と市民、研究者と調理人、老人と若者が、タネと野菜を軸に重層的に描かれる。研究者や農民、市民の地道な活動で、その将来には希望が見えてきている。

 しかし、蒸気機関車の動態保存には、定期的に「動かす」ことが必要であるということと同じように、生きた在来野菜の保存には「食べる」という行為が欠かせない。現代的な食の枠組みから外れた多くの在来野菜を、現代にどう生かすか、どう引き継いでいくのか。この道は余りにも厳しい。量が少なく形が不揃いの在来野菜は、「売る側」の都合による流通システムには乗りにくい。個性的な味が多い在来野菜は、糖度ばかりを強調する今風の野菜とは違う。タネの量も商業的な規模には及ぶべくもなく少なく、自家採種に頼らざるを得ない。こうしたいくつもの壁を、どうクリアしていくのか。その一つの解が、かつての日常食から、一足飛びに「アル・ケッチャーノ」というイタリアンレストランに飛ばなければならない現実である。奥田シェフの、在来野菜をおいしく食べようという意欲と創作はすべて善意である。そうであるが故にこの現実は悲しいが、ここから再起するしかない。

 タネが「地域の文化財」として脚光を浴びる一方、在来野菜は日常食の世界から抜け落ちていく。在来野菜がどのように食べられてきたか。この作品ではほとんど描かれないこのことが、在来野菜の今を象徴している。一挙に「アル・ケッチャーノ」という非日常的な食の世界に飛び、そこで生き残る道を選ばなければならない在来野菜の現実は悲しい。ある試写会でこの作品は、まだ在来野菜が日常にあった50歳以上には一定不評であったのに対して、その存在自体が目新しい30代には好評であったということも、在来野菜のおかれた現実の反映だろう。あるいは、まだ30代前半の渡辺監督と通底する視点の故だろうか。

 こうした在来野菜の直面する厳しい現実を背景にしつつも、画面は明るい。面的な広がりを持った、“山形方式”による在来野菜の掘り起こしと「動態保存」への“自信”がなせることのようにも思われる。

 『モンサントの不自然な食べ物』の公開により、遺伝子組み換えや在来種、種子そのものや自家採種などが、急にクローズアップされてきた感がある。やみくもに「在来種」の保存や自家採種の重要性を云っても、それだけでしかない。その作物を、作り、食べ、タネを採り、次世代へつないでいくための“戦略”が必要である。それは画一的なものでもなく、強制されるものでもない。在来野菜が地域風土に育てられたように、その地域に合ったものでなければならないだろうし、それはその地域に生きる人たちの選択でしかないだろう。『よみがえりのレシピ』は、山形の選択の形でもある。

 正面から在来種やタネをテーマとする映像作品は少ない。日本では、ほとんどないといってよいだろう。その点でも、この『よみがえりのレシピ』は地元密着型の稀有な作品といえる。この10月、地元山形各地での地道な上映運動の勢いを駆って、東京で劇場公開される。何百年と作り、食べ続けてきた在来野菜とそのタネ。新たな生き方を探る動きから、これからの食や農のあり方が垣間見えるかもしれない。

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 ●『よみがえりのレシピ』 公式サイト予告編

 ●気になる本『どこかの畑の片すみで』
   在来作物は生きている文化財、複眼で見た地域の知的財産