戦後の高度経済成長は、耕運機やトラクターなどの農耕用機械が広くいきわたった結果、千年以上つづいてきたであろう、牛や馬を使って耕運する馬耕・牛耕は、わずか数十年で廃れた。同時に林道整備と作業の機械化により、馬を使って山から木を運び出す馬搬(ばはん)も廃れた。馬搬の馬方(うまかた)は、もはや全国に数名を残すのみという。岩手県にはわずか二人。遠野の馬方の見方芳勝さん(74歳)と、弟子の岩間敬さん(38歳)の二人に焦点を当てたドキュメンタリーが完成し、この3月公開された。
今では、ほとんどの人がその名も聞いたことのないと思われる馬搬。作品は、馬方と馬が一つ屋根の下に暮らし、山に入り木を運び出す姿を描いている。現在の伐採は、まず重機が入る道を切り開くことから始まる。馬を使って運び出す馬搬は、ガソリンも道つくりも必要のないエコな搬出方法である。ただ、毎日、馬を食わせなければならないけれど。動かす時にだけ、ガソリンをくれてやる重機に移って行ったのは、日本社会の近代化の流れの中で必然だったのだろう。
馬搬は、伐採した5メートルほどの長さの木を馬に引かせ、森の斜面を利用して、一度に4、5本を道まで引き出す。馬方の声に合わせて、馬は踏ん張って引いていく。馬が通れる幅の“道”があればよい。重機を使う場合に比べ、森への環境負荷は最小限に抑えられる。文字通り一馬力の世界。古くから、こうやって伐採した木材を運び出していた。ダムにより筏流しができなくなった今、チェーンソー全盛にあって、昔からの林業技術で残っているの馬搬くらいしかないのかもしれない。
木材価格の低迷で、間伐もままならない森が多いという。その中で馬搬が生き残るとしたら、木材の地産地消が一つの方法かもしれない。作品の中では、盛岡市の建築工房が馬搬の木材を使おうとしている。杢創舎の澤口さんは「昔のように何百年も使える家に、素性のわかっている木材を使いたい」という。
馬搬で運び出した馬搬材の製材を手がけて、6次産業化をやろうとしている岩間さんは、製材した木材に馬搬材であることを示す蹄鉄マークの焼き印を押し、素性をはっきりさせている。「トレーサビリティ」だという。新しい試みだ。
馬を使って田畑を耕す馬耕も、若い人がつないでいこうとする動きがあるという。山梨県都留市の都留環境フォーラムは数年前から馬耕に挑戦し、馬耕のイベントを開いている。有機で田んぼをやり始めたての加藤大吾さん(都留環境フォーラム)は、農薬も化学肥料も使わないのに、ガソリンまいてトラクターで耕すことに違和感を持ったという。そこから馬耕を思いつき、そうした文化を残していこうと思ったという。
長野県上松町で最後の木曽馬を飼えなくなった老夫婦とその別れは、馬と人の結びつきを感じさせる。木曽馬の親子が、岩手の若い馬方に貰われていくその日、丸山さんのおばあちゃんは、馬との別れに泣いてしまう。なんとも切ないが、かつての農村にあったであろう日常を想像させる。
「風前の灯」状態の馬搬にも、その技術習得に少しづつ若い人がきているという。まだまだ馬搬という文化は、完全に廃れ、文字と映像の世界に行ってしまうことはなさそうだ。
−森を活かす古くて新しい技術・馬搬』
監督:尾立愛子
プロデューサー:小泉修吉・尾立愛子
制作:くりこま高原・地球の暮らし自然教育研究所
グリーンイメージ環境映像祭実行委員会
配給:グリーンイメージ環境映像祭実行委員会
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